実家の片付けが始まった日|つぶやき
実家の片付けが始まった日
昨日から実家の片付けモード。
ずっと手をつけられなかったものに、ようやく向き合った。
実家は田舎で、とにかく収納場所が多い。
「子供たちの思い出だから」と、
5人分の荷物を捨てずにどんどん溜め込んできた母。
もちろんそれだけじゃない。
毎年、片付けているものの、
なんだかエンドレス…
本は山のようにあり
「これ、いつ使うの?」というモノが溢れている。
服も、タオルも、本も、得体の知れないものも……。
枕について聞けば
「自分で作った、ぬかが入っているから」と返ってくる。
「え?ぬか???」
あとで調べたら、ぬかを入れる枕があるらしい。
わたしが無知だった。
とんでもない場所にモノが隠してあったり、
母なりの「生活の知恵」で活用されていたり。
勝手に処分なんて、とてもできない。
まずは全部出してみる
迷うものはすべてお母さんに見てもらおうと、一度外に全部出した。
あまりの量の多さに、途方に暮れそうになったので
ふとAIに今の状況を伝え「片付けのコツ」を聞いてみた。
「絶対にしてはいけないことは、思い出に浸ること!」
「『いつか使う』の『いつか』は、ほぼ来世!」
そんなアドバイスをもらって、
ふと後ろを振り返ると、
母はすでに、思い出にどっぷり浸っていた笑
一時停止かと思うくらい、体が止まっていた。
やっぱり捨てられない母
母のことを書き出したらキリがない。
とにかく変わっていて、行動が面白い。
軽トラで率先して本を集積所へ運んでくれたと思ったら、なかなか帰ってこない。
戻ってきたかと思えば、荷台には本が「リターン」していた。
やっぱり読みたくなったらしい。
さらに、妹や兄の幼稚園の服が出てきた。
以前も手放したはずなのに、まだあった。
「これは、とっておく…」
もー…
その服の存在、ずっと忘れていたでしょ?笑って
突っ込みたくなったけど
そっとしておいた。
そんなやり取りをしながら片付けを進めていくと、
母がポツリと言った。
「みさちゃん、これは、ここに置いてほしいの…」
小さくなっていく母の暮らし
「これはこっちにおいて欲しい」というリクエストがいくつかあった。
今の母にとって、この家は広すぎるのだと、その時初めて知った。
どこへ行くにも、何を取りに行くにも、距離を感じるらしい。
小さくなっていく母を感じた。
弟の遺品に向き合う
弟の遺品も整理した。
他界してから数年。大きな衣装ケースひとつ分、ずっとそのままだった。
悲しくて触れられなかった、というより……
何が出てくるかわからない。
どんな気持ちになるかわからない。
開けるのが、正直怖かった。
意を決して開けたケースの中からは、釘や思い出の品が出てきた。
職人だった弟らしい中身。
燃えるゴミと
埋め立てゴミを分けながら、ひとつひとつ手に取った。
最初は仕訳が細かすぎて、う、、、となっていた。
でも徐々に感じ方が変わって
「ああ、こんなに仕事を頑張っていたんだな」と、伝わってきた。
ジーン…
弟、ありがとう…
本当にお疲れさま
なんて、
気づけば、わたしもしっかり思い出に浸っていた。
AIの忠告なんて、どこへやら。
思い出した原点
作業が終盤に差し掛かったとき、ふと思い出した。
「どうしてわたしは、宇宙の法則や感情のことを発信しようと思ったのか」
その原点を、つよく思い出した。
そうだった、そうだった……。
大切にしていた初心。
それが、いつの間にか少し薄まっていた。
最初は「片付けなきゃ」という義務感で始めた。
けれど途中から、これは「片付けさせてもらっている」のかもしれない。
そんな感覚に変わっていった。
母という人
母は、いつも畑の土で手が汚れているような人。
メイクもほとんどしない。
派手なこともしない。
ご奉仕が好きで、
いろんな神社やお釈迦さま、
観音様、大切にしていて、いつも掃除に行っている。
もちろんご先祖様も。
そして家族のために、自分を後回しにしてきた母。
幼い頃のわたしは、母に反発もした。
「もっとおしゃれな、綺麗な、普通のお母さんがいい」なんて、
思春期が人より長かった気がする。
けれど、不器用な母から生まれた、不器用な私。
一緒に片付けを進めていくと、
「あぁ、お母さんの子供に生まれて、よかったな」
としみじみ感じた。
片付けの先に残ったもの
まだ片付けは終わっていない。
そして、背中と腰の痛み。
だけど、それも嫌な痛みじゃない。
生きているって感じがした一日。


