引き寄せの土台は「存在軸」にある|願いが動き出す瞬間
引き寄せの土台は「存在軸」にある?|願いが動き出す瞬間


スマホを開いた時、誰かの投稿や日常を見て、
心が反応すること、ありませんか?
✔️楽しそうに過ごしている人
✔️好きなことを仕事にしている人
✔️パートナーと仲よく過ごしている人
✔️欲しいものを自然に手にしている人。
その瞬間、自分の中に、
反応が起きます。
「あー。わたしも、あんなふうに生きたい」
「この願いを形にしたい」
「本当は、もっと自由に選びたい」
願いがある。
望みがある。
希望がある。
じぶんの中に
大切な感覚が生きている。
ただ、誰かの投稿や日常を見て、心が反応するときは
内側では別のことが起きています。
それは、願いと存在証明が結びついている状態かもしれません。

願いが「存在証明」になるとき
相手から連絡が来たら、わたしには価値がある。
相手が会いたいと言ってくれたら、わたしは大切にされている。
相手の反応がはっきりすれば、安心できる。
収入が増えたら、わたしは認められる。
売上が立ったら、わたしの選択は正しかったと言える。
欲しいものを迷わず買えたら、わたしは豊かだと感じられる。
評価されたら、わたしはここにいていい。
成果が出たら、わたしの力を信じられる。
誰かに必要とされたら、わたしの存在に意味がある。
こんなふうに、現実の結果と自分の存在が結びつくと、心は外側の反応を見張るようになるのです。
連絡が来たか。
数字が動いたか。
相手の態度が変わったか。
周りから認められたか。
ここで起きているのは、
内側の軸が、外側の反応によって左右される状態。

存在とは、結果なく在るもの
存在とは、結果関係なく「ここに在る」もの。
誰かの反応があるから、あなたは存在しているのではなく、
数字が出たから価値が生まれるのでもなく、
願いが形になったから、存在を喜べるのでもない。
先に、存在がある。
引き寄せの法則や宇宙の法則を学ぶとき、「どう願えば叶うのか」「どう意図すれば現実が動くのか」に意識がついつい向きませんか?

もちろん、意図は大切です。
イメージも、言葉も、
わたし自身大切にしています。
でも?
そもそもわたしたちの土台にあるのは、「存在」です。
「叶えないと、わたしの価値が証明できない」ではなく、
「わたしはこの体験を純粋にしたいだけ」に変わる。
「認められたいから、がむしゃらに動く」ではなく、
「この望みを、大切にしたいから動く」に変わる。
「現実を見て揺れる」のは、よくあることだけど、
「今の現実を見て、何を望むか、次に何を選ぶか」に戻る。

日常の選び方が変わる
存在軸が整うと、行動の質が変わります。
たとえば、ネットショップを見ている時。
欲しいものがある。
でも、購入ボタンの前で手が止まる。
存在軸がブレているときは、
ただ値段を見ているようで、内側ではいくつもの声が鳴り響いています。
✔️高いからやめよ。
✔️安いから買おう。
✔️流行っているから、とりあえず選ぼ。
✔️誰かが持っているから、とりあえずカートへ。
しかし、自分の軸が中心にあると、問いが変わります。
「これを買うと、どんな感覚が増える?」
「この選択は、わたしの純粋な望みだ」
「買った後の自分は、どんな日常を過ごしている?」

ノイーズが小さくなる問い

ここで使える言葉があります。
「わたしは何を大切にしたいんだろう」
「わたしは何を感じたいんだろう」
「わたしはどんな感覚を思い出したいんだろう」
「本当の本当はどうしたい?」
この問いは、「お金がないから諦める」「パートナーの愛を感じられないから諦める」など、自分の感覚が外側に向いているときに使える、自分の中心へ戻るための言葉です^^
さいごに
今の時間。
今の感覚。
今の選択。
その積み重ねで、現実の流れは変わっていきます。
引き寄せの土台が存在にある、というのは、ふわふわしたスピリチュアルでもなく、「現実を見ない」という意味でもありません。
むしろ、現実はちゃんと見ます。
✔️今、何が起きているのか。
✔️自分は、どこに反応しているのか。
✔️本当は、何を望んでいるのか。
最後に…
もし、自分の軸がぶれているなと感じたら
ひとつ問いかけてみて見てください^^
わたしは何を感じたいんだろう。
わたしは何を育てたいんだろう。
その答えの中に、次の選択が見えてきます^^




