【存在証明】がんばり続けていないとダメですか? 《みんなの物語》

夕方のキッチンで

夕方のキッチン。
鍋の中では味噌汁が静かに煮えている。
わたしは、まな板の前に立ったまま、ふと手を止めた。
洗濯物は、まだ畳めていない。
パートから帰ってきて、少し座る間もなく家事を始めて、気づけばもう夜が近づいている。
本当は、いつも笑顔でいたい。
もう少し余裕を持って、暮らしていたい。
それなのに、ふとした瞬間に言葉が浮かぶ。
「わたし、こんなに頑張っているのにな…」
「なんだか、わたしばっかり大変な気がする」
「この生活、いつまで続くんだろう」
わたしは、ネガティブな言葉を打ち消そうとがんばる。
けれど、次の思考がすぐ追いかけてくる。
家族が、もう少し手伝ってくれたら。
お金が、もう少し自由に使えたら。
時間が、もう少しあったら。
わたしにだって、できることがあるはずなのに。
知っているのに、満たされない

スピリチュアルや自己啓発の本を開けば、
「今、ここが大事」
そんな言葉が、何度も目に飛び込んでくる。
引き寄せも、宇宙の法則も、試してきた。
知識だけは増えた。
頭では、もう十分わかっている。
それなのに。
今この瞬間のわたしを占めているのは、
どうしようもないモヤモヤと、ぬぐえない疲労だった。
気づくと、眉間に力が入っている。
肩と首がこわばり、呼吸が浅くなる。
「わたし……。
いつまで、頑張り続ければいいんだろう」
その声が、頭の中で反響する。
良い気分でいられる日も、確かにある。
でも、こうして一気に沈む日もある。
わたしは、もっと自由でありたい。
もっと、自分を生きたい。
そう思っているのに、
どこから変えたらいいのかが、わからなかった。
神社に向かった

参道の砂利を踏む音が、一定のリズムで足元に返ってくる。
ザク、ザク——。
このまま家に戻っても、同じ夜が来る。
同じ疲れ方をして、同じ思考を繰り返す。
それは、もう無理だ。
そう分かった瞬間、わたしは神社へ向かっていた。
そのときだった。参道の途中、少し開けた場所に、白い存在が立っていた。
「よう来たのう……」
綺麗な顔立ちをした、白にも虹色にも見える龍が、わたしをじっと見ている。
「わしの名前は、りゅうちゃんじゃ。気軽に、りゅうちゃんと呼んでおくれ」
突然の出来事に、わたしは思わず足を止めた。
胸がドクンと大きく鳴る。
目の前にいるのは、どう見ても龍だ。
驚いているはずなのに、不思議と恐怖はなかった。
それどころか、胸の奥に、なつかしい感覚が広がっていく。
なぜそんな気持ちになるのか、自分でもわからない。
ただ、ずっと前から知っていた存在に再会したような、そんな感覚が胸の奥で静かに広がっていた。
魂の本音

りゅうちゃんは、わたしの顔ではなく、胸のあたりをじっと見ていた。
「お主が、わしを呼んだんじゃよ」
「え? わたしが?」
「まあ、細かいことはええ」
りゅうちゃんは、少し肩をすくめるようにして言った。
「とっとと結論を言うぞい」
そう言うと、りゅうちゃんは再び、わたしの胸のあたりに視線を戻した。
「お主の”魂”が言っとることは、はっきりしとる…。」
「魂が言ってること?」
「そうじゃ。魂がもう、限界じゃ〜!と言っておる」
思わず、息が止まった。
「これ以上、自分の本音の声を後回しにすることが、限界なんじゃ」
わたしは小さく息を吐いた。
誰にも言っていなかった気持ちを、りゅうちゃんが代弁してくれた気がした。
ずっと封じてきたもの

そうだ…。わたしはずっと疲れていても、ムチを打って頑張ってきた。
本音をいつも飲み込んで、「いつかのために」と頑張ってきた。
自分の魂の叫び、本当の声を、無視してきた。
「お主はずっと、場が荒れないように、誰かが困らないように頑張ってきた。
その代わりのう、自分の本音と感覚を封じ込めたんじゃないかのう」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
本当は、誰かに気づいてほしかった。
本当は、誰かに助けてもらいたかった。
本当は、「もう無理」と言いたかった。
でも、それを表に出せなかった。
頑張ることで確かめていたもの

りゅうちゃんは、静かに続けた。
「お主はのう、頑張ることで、自分の存在を確かめようとしておった」
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れた。
「ちゃんとやれておるか。役に立っておるか。迷惑をかけておらんか。そうやって自分の価値を確かめながら、ずっと動き続けてきたんじゃ」
わたしは何も言えず、ただ立っていた。
りゅうちゃんは、少しだけ目を細めた。
「じゃがのう、それはお主の本当の声ではない」
参道を、風が静かに通り抜ける。
「お主の中には、まだ気づいておらん思い込みがある。
お主が“頑張らないと存在してはいけない”と思う、その元になっておるものじゃ」
りゅうちゃんは、少し楽しそうに言った。
「それを見つけに行くかのう♡」
すると、扉が現れた

すると参道の空気が、ふっと静かに揺れた。
わたしの目の前に、今までそこにはなかった扉が現れていた。
木製の扉。
表面には、やわらかな光をまとった文字が浮かんでいる。
secret mind lab
「シークレットマインドラボ?」
扉の前には、ひとりの女性が立っている。
紫色のワンピース。
やわらかな光をまとったその人は、静かにこちらを見ていた。
目が合った瞬間、ふっと微笑む。
言葉はなかったけれど、はっきりと伝わってきた。
「こちらです」
そう誘導されていることが、なぜか自然にわかった。
扉の向こうが、どんな世界なのかはわからない。
でも、胸の奥では、もう感じていた。
ここに入れば、わたしがずっと握りしめて苦しかった何かが見える。
見ないようにしてきたものと、きっと向き合うことになる。
少し怖い。
それでも。
なぜか、ここに入る必要がある気がしていた。
わたしは、扉の前で小さく息を吸い込み一歩、踏み出した。


